タイトルは浜崎あゆみの『Hana』より
何か心が動く出来事があれば好きな歌詞を思い出してこの気持ちはあの歌詞みたいだと重ねる。みんなやるのかな。
わたしは言葉が好きなんだな、と思います。
読んでる人、聞いてくれ。聞いてください。
今日の夕方の出来事である。
乗り換えの駅でわいわいがやがやと校外学習か遠足の小学生の列がずらり。
わたしは待ち合わせしていたので立っていた。若干目立つ格好で。(ディズニーシー行ったとき買ったジェラトーニのパーカー😸💚)
小学生の集団の中の1人がわたしの顔を見るなり ん?と違和感を感じたらしく、二度見をした。
嫌な予感はしたから覚悟を決めてた。
「あの人鼻曲がってる」とわたしにも聞こえる声で言った。
知らない人に久しぶりに言われたなぁ。知らない人に言われるのは1年ぶりくらいか。
そういう状況で、しれっとしているのは精神力が居るのでかなり疲れた。決して俯いてはいけない。大人になるにつれて得た。卑屈にならない。なってたまるか、だよ。
人生で何度もあったから、馴れているといえば馴れている。
毎回傷つく。怒りが湧く。悲しい。悔しい。その人になんて言えばいいんだろう。知らない子どもだ。
荒れていた心は、1時間くらいで回復した。昔より遥かに回復力があがった。
鼻がいびつな形をしているのは事実だけど、事実だからって言わないで。気にしてるんだから。め!
言っておく。
それが可愛くないと言われたんじゃないからな!😸
大人になればわたしのいびつの良さがわかるだろう。
本心でもお世話だとしても、可愛いと言われた記憶をたくさんたくさん思い返して、安心させていた。
可愛いと言ってくれてありがとうね。と感謝した。
お世辞なら言うななんて思ったことも撤回しよう…軽やかにどんどん可愛いと言ってあげるのもよい。
土曜日は、形成外科の手術を受けられるかどうかの検査があるよ。
もしかして、わたしのやることは、こういうことにあるのかな。 人の評価の曖昧さ、くだらなさがもどかしく、自称アイドルをポリシーとして名乗るのは変えなくていい、だけどなにかできないのかな。
顔のことで感じた経験は、わたしだけのものだから、それは、価値なんだよ。
人の中で姿をさらして様々な言葉や視線を受ける。
それが、この世がくだらなく思える理由にも、
強く生きたい理由にもなりうる。
生きるためにずっと飲み込んできた。
それを綺麗な言葉で片せって?
わたしは悲しい。生きよう。
今日飲んだメロンソーダ!
ばいー!
また書きます(ΦωΦ)