nanae917kawaiininaritai’s blog

可愛いになるための血まみれの戦い

ミスiD2018に落ちてもわたしは最高の女の子だ。

ミスiD2018というオーディションを受けたけど不合格だった。

6月5日までに連絡が来ないと不合格なのだ。


なんでミスiDを受けたかを簡単に言うと

前年度のミスiD2017の審査の様子を見て

ミスiDなら女の子のコンプレックスやダメさの中に良さ面白さ美しさを見つけてくれるんじゃないかと感じたからだ。


じゃあわたしのことも良いと言ってくれると期待したからだ。


去年の夏からミスiD2018を受けること、

そしてまずは書類審査に合格してみせるぞ!とたのしみにしていた。


自分に自信があるわけではない。

このブログのタイトルだって信じたいからわざと強気のタイトルにしてあるだけだ。


だけど自分がたった一人の自分、ってことは

誰よりもわかってるという自信があった。 


結果的に受からないって事は何かが足りなかったんだけど、何かは分からないし分かりたくもない。


夢を叶えた人ばかりが素晴らしいわけじゃないんだな。


違和感を覚えた。


たぶんほとんどの人の夢は叶わないのになんで希望を与えることや夢を見せることを言うんだろうね。なんで頑張らせるんだろう。本気でも一生懸命でも通じることの方が少ない。

応募書類を読んで貰えただけじゃ嬉しくない。わざわざ見せたくない弱さやコンプレックスや見せたくない自分の宝物を見せてるみたいで。見せたって何も言ってくれないのに。大人になれと言われても嫌なものは嫌。傷ついたから傷ついたって言いたい。


ミスiDの応募条件の

誰にも似てない何かがあること

って言葉がこれはわたしのことだ!とすごく気に入っていたんだけど、

誰でもそうなんだな。

誰でも世界でたった一人ってこと、それがよくわかった。ような気がするような…。


顔の病気の話、それに強烈なコンプレックスを感じることだってわざわざ好き好んで言ってるんじゃないよ。


言いたくないけど言わないとますます生きづらい、傷どうしたの?鼻はどうしたの?と人に言われる前に自分から言ったほうがまだ傷つかないから敢えて言っているんだよ。

人生は理不尽だし平等じゃない。

理不尽とか平等って言葉がわからない小さいときからそういうのを感じてた。


それを泣いたりわめいて訴えても願い事は叶わない。


じゃあ何が出来るんだろうね?


ミスiDに受からなかったことすら自分の良さに変えることってなんだろう。 

 

それにすがらなくても幸せに生きていかなければ。

幼稚園の自分、小学生の自分、中学生の自分、高校生の自分、大学を中退した自分、その後の自分を肯定して笑顔にすること。

でもあっけなく昔のことを忘れていく。

だから昔の自分なんてものないのかもしれないけど。

わたしに出来ることって何なのか?

わたしは魅力的だ!間違いない。ってツイッターに書いたら珍しくいいねされてて嬉しかった。

では!!!